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覚え書き

一般にライトノベル化の世界は、アニメ・マンガ的なリアリズムで作られているからどれだけ元ネタをひっくり返したとしても情報量に限界がある。それに対して、偽史ものは現実をデータベースにして別のデータベースを捏造する方法なので、情報量は圧倒的に大きい。つまり、そのアニメ・マンガが何のデータベースに接続されているのか?が重要。(「データベース化」という問題とは?近代以降、自然主義的でない日本語とか、リアリズムではない表現体型にどんなものがあったかってことの延長線上にある問題)

「物語られる事」に耐えられないのは何故か?
→物語に読者は怯えている。物語そのものは求められているけど、その質が変わっている。読み飛ばしてもわかる様な内容しか語られていない。これが今求められている物語の基本。定型に還元された物語と効率の良い感情移入のシステム。そうした変化の条件としてインターネットの存在が大きい。

構造的にシンプルで余計なものが入ってない物語にたいする読者の耐性が弱くなっていると言っても良い。つまり、とっても読者は引っかかりやすいというか。

引っかかる言うよりは。読者(消費者の側)が、しっかりと能動性をもっていての判断になっている。

手軽に感動したい→コンビニではやりのライトノベルを買う。
上記の回路が成立しているときは読者を引っかけるという事は難しいのではないか?


「リアルのゆくえ」
・大塚英志+東浩紀

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